ハート・真我・アートマの諸解説と繋がる手順と方法

このページでは、様々な聖者や聖典を元に、ハート(真我・アートマ)の諸解説に加え、ハートと繋がりやすくなる具体的な方法について記載します。

目次

スピリチュアルな意味でのハートとは?

ハート(heart)は英語を日本語変換すると、

心臓、胸、(感情、特に優しい心・人情が宿ると考えられる)心、(知・意と区別して)心、心情、気持ち、気分、愛情、同情心

などとして訳されます。

しかし、聖者やある一定の境地に至った霊的探求者が”ハート”と言うときは、胸の内側に宿る真我・神我・アートマ・ハイヤーセルフのことを言っています。

ハートは真我です。ハートは自ら光を放っています。
真我はすべてを超越した純粋意識です。
真我は二元性のない純粋な知識、純粋な光です。
真我は愛そのものです。
すべての幸福は真我から起こります。
あなたは常に至福なのです。
恩寵とは真我のことです
師とは真我に他なりません。

真我 ラマナ・マハルシ

アルジェナよ わたしは真我(たましい)として
一切生類の胸に住んでいる ー また
わたしは万物万象の初めであり 中間であり そして終わりである

神の詩 バガヴァッド・ギーター | 第10章 20節

フリダヤ(ハート)はアートマ(真我)の住居です。アートマの原理なしには、何ひとつ存在できません。アートマの原理としてすべての中に住む神は、特定の名も姿ももちません。

肉体意識を放棄し、アートマ(真我)の意識を育みなさい|サティヤ サイババ

「幸せになりたい」という望みは、古来より人類すべての究極の目的であった。人びとは、人生において最高の幸せを手に入れるために日々行動している。

だが、人びとは、物質的な目に見える名前や形ある物が、我々に幸せをもたらすという大きな思い違いをしているために、自分の外にばかり幸せを探し求めている。

その結果、全人生を賭けて努力しているにもかかわらず、手に入るのは失望ばかり。悩みや怒り、病気や苦痛があちこちで見られる。

あなたに大宇宙の真理を伝えよう。本当の幸せは外からは来ない。おのおのの心の内にすでに存在しているのだ。心の内にあるものは、内なる心でしか発見できない。この幸せは永遠に続く至福だ。自分の中の神の分身に気づくこと、それこそが真の幸せへの道だ。アートマンと呼ばれる真の幸せは、純粋で歓びそのものである。その時あなたの心は神に照らされる。宇宙には一つの意識しか存在していない。

ヨ-ガとこころの科学 スワミ ・シヴァナンダ

悟りによって扉を開きうる者が唯一人いる。
それがあなたたち一人一人なのである。

神我があなたたちの中で展開するにつれて、あなたたちは自分が既に父の家の中に在り、あらゆる善き物事の満載されているその豊かな食卓より満喫することができるのである。

これが、その中においてわれわれが生き、動き、かつわれわれの存在を保っている唯一無二の久遠の全能者という真理の栄光である。
この真理があなたたちを自由にする。

わたしは神の愛と英知である、
故にあなたたちの胸(ハート)
にいるわたしの云うことに耳を傾けるがよい、
そこにわたしは住まいしているからである。

心身の神癒
ハート・真我・神我・アートマ

霊的な意味においてハート・真我・神我・アートマ(アートマン)・ハイヤーセルフは同じものを差していると思います。(例:水という物質も、日本語では”水”、英語で”Water”と呼び方が違うのと同じです)。アートマ(atma)やアートマン(atman)は、ヒンズー教やヒマラヤ密教、ヨーガで等で使われる言葉です。

ハートに集中することは、真我に集中するのと同じことです。ハートとは真我のもう一つの名前なのです。

真我 ラマナ・マハルシ

人が一定の霊的な進化段階に入ると、ハートに関する神秘を知るようになります。私がハートについて詳しく学び始めたのは2016年に購入した「心身の神癒」という本からです。

この本の中で、ハート・神我について約400ページに渡って記載されています。この当時、私はまだハートが開いておらず「ハート、神我と書かれているけれど、いったい何の話をしているのだろう?臓器としての心臓のことではなさそうだし・・・」と、この本から放たれている打ち震える慈愛の波動を体験しつつも、書かれている本質を理解することができませんでした。

「心身の神癒」は、私が今まで読んだ本の中で最もハートに言及して書かれていると感じています。

mind(マインド)とheart(ハート)の違い

英語から日本語変換される時、

  • mind ⇒(身体と区別して、思考・意志などの働きをする)、精神、(感情・意志と区別して、理性を働かせる)知性、知力、精神の正常な状態、正気、記憶、回想
  • heart ⇒ 心臓、胸、(感情、特に優しい心・人情が宿ると考えられる)、(知・意と区別して)心、心情、気持ち、気分、愛情、同情心

と、同じ”心”として訳されることがあります。mindは頭主体なのに対しheartは胸の内側が主体です。エネルギーの質が大きく違います。原本が英語で日本語訳された本の場合、訳者がその違いを体感していないと、mindもheartも”心”として変換されてしまうことがあります。

霊的なハートの正確な位置はどこ?

霊的なハートの正確な位置はどこ?

霊的なハートの位置は胸の内側、と何度も記載していますが、もう少し正確な位置を記載したいと思います。

ハートの位置

正面から見ると、左右の乳首の真ん中です。そして、そこから少し内側(内蔵側)です。おおよその位置を把握したら、あとは”直感的に感じるポイント”でいいと思います。

上の図はあくまで参考図で、ハートが開いている方は、上の図よりもっとハートの領域を広く感じられるかもしれません。

ハートと繋がるとどうなる?

私自身が道半ばのため、ハートについて語り尽くせる水準ではありません。

詳しくは、聖者の方々が語られた本「心身の神癒(約470P)」やインドの聖者であるラマナ・マハルシの「真我(約150P)」がおすすめです。

ナチュラルスピリット

以下、ハートに繋がって体験してきた変化です。

ハートに繋がって体験したこと
  • ハートに繋がる頻度や依存量に応じて、日々の生活での平和・調和・喜びの割合が増える
  • 人生に困った時や迷った時に、真我の水準で最善と思われる道を示す
  • 経済的にも猛烈なサポートが入る?
  • さらなる霊的進化に導かれる
  • 試練が訪れる

ハートに繋がる頻度や依存量に応じて、日々の生活での平和・調和・喜びの割合が増える

ハート・真我が愛と平和と調和の根源のため、繋がる頻度や依存量に応じて、日々の生活で過ごす平和・調和・喜びの割合が増えます。穏やかな時間を過ごせる割合が多くなります。

しかし、100%ではありません。それは私自身の人間的な課題、過去世から積み上げてきたカルマの精算などあるためです。また、さらなる霊的・精神的・肉体的な浄化や進化に導かれるため、大変だと感じることもあります。(でも、非常に稀有な機会を頂いていると実感しているため感謝しています)

人生に困った時や迷った時に、真我の水準で最善と思われる道を示す

生きていると、「本当にどうしようか・・・」と過去の経験・知識で判断できないような分岐点に立つことがあります。どうやっても判断が出来ない、という場合、ハートを感じる・意識をハートに下ろすことで、こっちだな、という感覚が湧いてきます。

  • ハートが軽くなる感じがする
  • なんだかワクワクしてくる
  • ハートが喜ぶ感じがある

でも、何も反応が無い場合もあります。そういう場合は大抵「今はそのタイミングではない」ということで、何も選ばない、ということにしています。

頭で考えたことと、ハートの示す方向が違うこともあります。右へ行こうとしてたのに、ハートは左への導く、みたいな感じです。これが起きると「なんでなのかな?」と考えますが、大抵その理由がわかりません。その時は、ハートを信頼して左へ行きます。

また、自分で解決が難しい出来事や課題に直面したとします。その場合は、それを解決できるアイデアや、自分になかった解決法を持っている人に導かれることもあります。

内容によってはハートを信頼するというの結構な勇気がいることあります。

経済的にも猛烈なサポートが入る?(入った)

コロナウイルスの影響で、事業の売上が激減しました(特に2020年)。普通に考えると「これからどうしようかな」レベルでしたが、〇〇補助金、ある事業の売上が急回復、など様々起き、また皆様に支えられて奇跡のような体験をさせていただくことができました。

さらなる霊的進化に導かれる

私は2015年春頃から、クリヤヨガと呼ばれる特殊な行法を実践してきています。

内容自体は秘密にされているため、詳細は書けませんが、ざっくり記載すると主な内容は

  • 肉体的に整える・鍛える
  • 自己浄化(マインド浄化、チャクラ浄化、カルマ浄化)
  • 潜在能力の開発(チャクラ開発)

となっています。

導かれて2023年からある特殊なクリヤヨガを伝授していただいたのですが、かなり強力で結構大変です(進行形です)。しかし、そのお陰で長年課題としていたカルマ1つと自分の中に潜在的に眠っていたカルマをかなり解消することができました。(それでもまだ自分の中にいろいろあるんですよね)

ハートに導かれるようになると、さらなる進化へ促進されるようになります。

試練やチャレンジが訪れる

ハートに繋がるようになると、様々なレベルで導かれるようになります。確かに平和で穏やかな時間も増えると思いますが、一方、試練やチャレンジが訪れます。

”マインド”と”ハート”の方向性の不一致によるマインドの葛藤

個人的経験では試練やチャレンジは、普通にハートを意識せず生活・仕事していても起こりますし、ハートを意識しても起こります。どっちでも起こったりするのですが、よく起こるのは”マインド”と”ハート”の方向性の違いです。

ハートを意識するようになり、その導きが汲み取れるようになったとします。

頭脳には過去の経験や情報が多数詰まっているため、その計算によれば”右が正解”みたいなのがあります。しかし、ハート(真我)はそういった判断を超越しているため”左です”と示すことがあります。

少々の事なら、そうか左なのか、とハートの導きに同調できます。ところが、人生の大きな分岐点・・・例えば、人生の方向性、金額の大きな買い物、など普通に考えてボリュームが大きな選択でこの方向性の不一致が発生すると、結構葛藤することがあります。

ハートが差ししめす方向が普通に考えて崖から落ちる方向性では?みたいなこともありました。

そのまま進むと、やはり難しくてやっぱり止めたほうがいいと頭で考えても、ハートはそのまま進むように示しています。まるで、自我意識が「頭に入っているものと私(真我)のどちらを信じるんだ?」と問われ続けているようでした。

ハートに関する知識、ハート(真我)の導きとは何か?という情報は、心身の神癒含めて頭に知識が入っています。

神我は父なる神が個人と成って発現したものであり、両者一体なるが故に神我と父なる神との間には何らの分離もない。個人として現れつつある父なる神が今あなたたちの中にいます神我なのである。

心身の神癒(P131)

裡なる神我を唯一の案内人とせよ。わたしが来たのはその為であり、あなたたちが今、あなたたち自身を知るようにするためである。(P237)

心身の神癒(P237)

しかし、それに従っていく中で、どんどん貯金が減って、ちょっとこれはまずいんじゃないか、という現状把握がある一方、何度もハートに繋がって確認してもハートは全く意に介さずそのまま進むように示しています。

そんなことが半年以上も続いて、マインド的にかなり大変でしたが、ハートを信じてやりきったことがあります。その結果、霊的なハートが開く、という恩寵が与えられました。

ハートが開くとは?

霊的なハートが開く とは?

一般的に”ハートを開く”と言うと”身体的に胸を開いた姿勢になること”を言っていることが多いです。

胸を開いた姿勢になると、姿勢の効果により相手や周囲に対して精神的にオープンになる、心を開く、といった状態になりやすいです。

一方、この”霊的なハートが開く”は全く次元が異なります。それまでハートに隠れていた真我が現れるからです。

真我から放たれる新鮮な喜びのエネルギー、原因も結果も無い至福のエネルギーが胸の内側から広がるようになります。

楽しい出来事や嬉しい出来事が全く起きていなくても、そのエネルギーがハートから広がり始めるようになります。

それはまるで、水を求めて穴を掘るのに似ています。聖典や聖者に導かれて霊性修行(サーダナ/Sadhanaとも呼ばれる)をして、何年もかけて穴を掘り続け、一向に水が出てこず「これ本当に効果あるのかな?」「本当はそんなの無いじゃないか?」など時折迷いながら黙々と穴を掘り続け、ある時、突然、穴の底から水が吹き出してくる、まさにそんな感じです。

この体験を通して、聖典や聖者の伝えていたことを自らの体験を通して理解し始めるようになります。

また、(ハートが開いた方全員かはわかりませんが)この真我がある特定の人間的な形・姿で、その人の意識に示されます。

この話は、以前(ハートが開かれる前)から知っていました。ただ正直、どこか遠い国の話を知ったような感じでした。ところが、いざ自分が体験した時、それは想像を遥かに超えたものでした。

この霊的なハートが開かれ、ハートに光が灯されると、自分自身の中にあるネガティブなものもよく見えるようになります。

それはまるで、暗闇の部屋に光を灯すと部屋にある様々なものが見えるようなもので、ハートに神聖な光(至福と喜びに満ちた高次のエネルギー)が灯されると相対的に、神聖ではないもの(低次の資質・重たいエネルギー)が見えるようになり、それを取り除く課題があることを自覚するようになります。

ハートに繋がるには

ハート(真我)に繋がるのに大切なポイントが複数あります。

ハート(真我)に繋がるのに大切なポイント

個人的な経験から、次のステップがおすすめです。

  • ①自分自身の胸の内側に真我・神我・アートマが宿っているという理解
  • ②自分が自分自身のハートに繋がろうとする強い意志を持つ
  • ③ハートを感じる、ハートに意識を下ろす

①自分自身の胸の内側に真我・神我・アートマが宿っているという理解

頭で、「自分自身の胸の内側に真我・神我・アートマが宿っている」という知識、真我とは何か?という知識を学習するのが最初のステップです。

通常、この知識に関しては、

  • 聖典
  • 聖者の本

等から学びます。聖典や聖者の本はとてもたくさんあり、また本との相性もあると思います。個人的には、真我について語られているボリュームが多い本として、以下をご紹介しておきます。

ナチュラルスピリット

”愛”という言葉が強く響く方は心身の神癒、”悟り”という言葉が強く響く方は真我(ラマナ・マハルシ)が相性が良いと思います。

②自分が自分自身のハートに繋がろうとする強い意志を持つ

知識レベルで、ハート(真我)について理解した上で、自分が自分自身のハートに繋がろうとする意志を持つことです。

ただ、この繋がりやすさは、かなり個人差あると感じています。

ハートに繋がりやすい?
  • ある程度健康である(痛みが無い)
  • 精神的に自立している
  • (小さい)子供が好き・人のお世話するのが好き
  • 普段から精神的に感情的に安定している
  • 精神的に柔軟性がある
  • 素直である
  • 平等心を大切にしている
  • 社会への貢献意欲がある
  • 奉仕の精神を持っている
  • 生き生きとしている
ハートに繋がりにくい?
  • 周囲のなにかに依存しやすい
  • 感情的になりやすい
  • 情緒が不安定
  • 身体が不健康(痛みがある等)
  • 普段から思考・論理で動いている
  • 自我意識が強い(自分に関する様々な固定概念を持っている・信じている)

以上いろいろ浮かんだ内容をかき綴ってみました。

実は先程のハートに繋がりやすいかも?の内容が多数当てはまる方は、既に普段からハートの感覚(ハート軸とでも言いましょうか)で生きている可能性が高いです。

何とも言えない難しいケースとして、宗教的な信仰があります。この事に関しては、心身の神癒でも何度も触れられています。

真実(しんじつ)については、人は争わない。虚偽(にせもの)についてのみ人は争う。自分が生きていること、現に生きつつある事実には人は争わない。人はただ、様々の信仰や観念について争うのみである。 

心身の神癒 P107

あなたたちの信仰が「制約されざるもの」の展開への妨げとなっている。あなたたちを妨げている信仰がなくなれば、再び幼児のようになり、何らの妨害なしに自由に実在を把握するであろうに。

多くの人がその凝り固まった信仰のために妨げられている。彼らは他の者から与えられた観念以上のものは何も受け取ることはできない。かくて彼らは自分自身以外の或る権威に自分自身を引き渡し、とどのつまりが制約され、束縛され、もはや自由ではなくなるのである。

今の今あなたたちの中に顕現している神我の巨大なる力を妨げているのは、これらの障礙(しょうげ)、これらの信仰である。神我は天上天下における一切の力を与えられているのである。このことを把握した時、制約されたもろもろの信仰は消える。神我は本来制約されることがないからである。神我力は個別化した父御自身であり、あなたたち一人一人の中で御自身を表現しておられ、しかも御自身より分離することなく、数えることもできぬ程に種々様々の生命形態として現れ、しかもその本体は同一の父御自身であり給う。神我はあらゆるものの中において同じであるからである。

・・・

心がどんなに縛られているかを知るには、信仰に凝り固まった心の中を見つめさえすれば良い。まこと、これが神我が世に顕現するのを妨げている無智であり、分離と闘争との原因である。

まことにその通りである。幼児期においてさえ心はもろもろの制約された信仰を詰め込まれており、その後ずっとその子は神我を窒息されるような信仰を持ったまま、成人する。しかし、その魂が自己自身に内在する力に目覚め、これを認知するようになって初めてそれは自由となりうるのである。その時その魂はこれらの制約された信仰や(今まで影響を受けていた)他人の考えをかなぐり棄て、その繋縛より脱し、太初(はじめ)にあった言葉を顕現するようになる。

わたしが世にきたのはこのためである。すべての人々を制約という束縛から解放するためである。父のみに依り頼め。父を通してのみあなたたちは解脱しうるのである。あなたたち自身に内在する父のみが唯一の権威である。他にはないのである。

心身の神癒 P385

③ハートを感じる、ハートに意識を下ろす、ハートに留まる

ハートに繋がりやすくなる具体的な方法というのがあります。 

  • ①事前準備
  • ②ハートを感じる・ハートに意識を下ろす

でご紹介します。

①事前準備

事前準備として大切になってくるのが、

  • 安心できる空間で座る
  • 自分自身の呼吸に集中する

です。

安心できる空間で座る

まずはリラックスできる、安心できる空間にいることが大事です。そして、

  • 椅子に座る
  • 何らかの坐法

で座ります。

この時、できるだけ脊柱から頭までまっすぐするのがポイントです。一般的な”良い姿勢”になりたいので、椅子だとやりやすいです。ヨガ等していて、何らかの坐法が得意な方はもちろんそれでも良いです。

自分自身の呼吸に集中する

目を閉じて”自分自身が呼吸していること”に集中します。

これにより、ヨガでいうプラティヤハーラと呼ばれる五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)から意識を引き上げた状態に近づきます。

②ハートを感じる・ハートに意識を下ろす

頭にある意識をハートに下ろす

目を閉じたまま、頭にある意識を胸の内側のハートまで下ろします。

意識をハートに下ろす

この時、

  • 頭の意識が海に深く潜ってハートに溶け込むイメージ

でやってみてください。

ハートに留まる

そのまま、ハートに意識を留めます。(留めたイメージでも大丈夫です)

そのまましばらく数十秒から数分間、このままハートに留まり続けます。

そして、しばらくしたら、ゆっくり目を開けます。

(上手くできれば)ハートと繋がった状態になっています。

最後に

上手くハートと繋がれたでしょうか?

社会生活していると、とにかく頭脳(思考)を使うことが多すぎて、意識が長い時間頭にとどまった状態が続きます。

この状態が続くと”マインドフル”な状態になってしまい、いつまでも~眠りにつくまで~落ち着きません。頭の中の過去の記憶や情報の中に生きるようになり、ある意味それに翻弄されたような状態になります。

ハートに繋がっているとどうなる?

私の個人的な経験では、ハートと深く繋がった状態だと、

  • 過去や未来に意識が向かず、自然と”今この瞬間”に集中できるようになる
  • ”今生きている”という感覚が強くなる
  • 精神的に安定したリラックスした状態になる
  • 視野が自然と広がる
  • 直感が湧いてくる
  • 問題の解決策が湧いてくる

などなど、様々な優れた状態になり、様々あるのですが一言にまとめると”ハート(真我)に生きている”と言えるかもしれません。

ただ、この状態だと「いっぱい早く計算する」「たくさんの情報を考えて処理する」とかは難しいですね。あと、衝撃的な出来事があったりするとハートから飛び出しちゃつたりしてますね。

最近特に感じるのが、世の中が混沌とし過ぎていると実感してます。こんな中で、まともでいられる方がすごいんじゃなか、とさえ感じます。それで疲弊したり、精神的に病んでしまうのも本当に理解できます。

自分自身の中にハートという帰るお家がある、という真理をもっと多くの人に知ってもらいたい、体験してもらいたいと思っています。

コメント

コメントする

four + seven =

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次