昨日、家族である公園に行ってきました(^^)
そこには、たまたま蓮とスイレンがたくさん生息している池がありました。
蓮の花といえば、
ヒンドゥー教では、「まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴」とされ、
また、仏教でも、『泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせる姿が仏の智慧や慈悲の象徴」とされ、仏像の多くが蓮の上に乗っていて、仏教を象徴する花です。
鋸山日本寺の大仏(薬師瑠璃光如来)
今までにまじまじと蓮を見たことがなくて、なぜ、宗教において蓮は象徴的な花として扱われているのだろう、と思っていました。
雨が降る中で、じーっと蓮を見ていると、
蓮の葉にあたった雨粒が、まるで水銀のように丸まっている!
蓮の葉のくぼみにたまった雨は、その重みで蓮の葉が倒れると、コロコロと丸まって転がって下に落ち、蓮の葉はまったく濡れていませんでした。
ためしに、蓮の葉を手で揺らすと、雨粒がコロコロと転がりました。
違う蓮の葉には泥水がたまっていて、それを揺らしてみると、葉自体はまったく汚れず、泥水だけがコロコロと転がっていました。
「おお!各宗教に象徴されるのは、このことか!」と、体験を伴った理解を得ることができました(^^)
ヒンドゥー教の聖典 バガバットギーター 第5章 真の離欲より
『執着心を捨てて自らの義務を遂行し、その結果を至上者に献ずる人は、蓮の葉が水にぬれないように、あらゆる罪をはじいて、寄せつけない』
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